雑巾みたいだね、とまでは彼女は言わなかった。
それでも、それを手にとって、ほつれまくった糸を少しだけ整えて、「ほんと年季入ってるよね」と半ば呆れたように笑いながら、
妻は、色褪せた緑とグレーのタオルマフラーを、緊張で青ざめていた俺に渡してくれた。
2023年11月26日のAM8時、決戦当日の朝。
首にかけたそのタオルマフラーは、ちっぽけな、不格好な、でも決して譲ることのできない、俺のプライドの象徴だ。
・・・
そのタオルマフラーがまだ新しく、鮮やかな発色をしていた2003年。
俺が好きになったサッカークラブ、東京ヴェルディ1969は、果たしてどんなだったろうか。
少なくとも、今よりはまだ、華があった、と思う。
J黎明期の輝きこそ失えど、なお日テレという大きな後ろ盾を有し、トップディビジョンを舞台に戦うチーム。
エジムンドは生で観られなかったけど、エムボマやラモンやウベダといったワールドクラスのタレントがそこにはいた。
サッカー小僧なら誰しも買ったであろうJリーグチップスからもヴェルディの選手が出てきたし、試合観戦後にはなぜか選手の集合写真が家に送られてきた(そういやあれは何のサービスだったんだ?)。
10歳の俺はすっかりそのチームの虜になった。
味スタに行きたくて行きたくて、ご褒美として祖父と祖母に買ってもらえるチケットをモチベーションに、勉強なり習い事なりを頑張っていた。
スタジアムでは、祖父に買ってもらった宝物のタオルマフラーを振り回し、試合を見終わったあとには、興奮冷めやらぬいとこと一緒に、祖父の家でゴムボールを使ってPK戦をやっていた(結果として、祖父の家のふすまには次々と穴ができていった)。
2005年元旦、愛するチームが天皇杯を制した瞬間は、家族親戚みんなで喜びを分かち合った。
とてもキラキラした、ガキの頃の思い出だ。
・・・
そして、月日は流れた。
「名門」は、地に落ちた。
別に多くを語る必要はないと思うし、語りたくもない。
大いなる歓喜で始まった2005年は、J2降格という悪夢のような結末で幕を閉じた。
一度はJ1に復帰するも、2008年に再度J2降格。
極めつけは、2010年のクラブ消滅危機。
辛くも最悪の事態だけは免れたものの、代償として次々とJ1に引き抜かれていく選手たち。
そして、いつ行ってもがらんどうのスタジアム。
それくらい書けば、もう十分だろう。
15年。時間が経ちすぎた。
小4のときに骨折して、それでもスタジアムに行きたいとねだった俺を、おぶってスタジアムに連れて行ってくれた体力自慢の祖父は、とうにこの世を去った。
近くの酒屋さんにいつも稲城市民シートを買いに行ってくれた祖母は、もう孫の名前を思い出すのがやっとだ。たぶんヴェルディのことなんて殆ど覚えてない。
本当に、時間が経ちすぎた。
俺は10代20代を飛び越え、今年ついに三十路を迎えてしまった。もういいおっさんである。
ヴェルディを愛する気持ちを絶やすことは決してなかったと思っているが、それにしたって、負けることにも、裏切られることにも、惨めな思いをすることにも、すっかり慣れてしまった。
いや、慣れたというよりは、ヴェルディを応援するあまりかえって傷つくことを恐れて、純粋さだったりひたむきさだったりそういうウブなものを、心の奥底にしまうことを選択し続けただけかもしれない。
長きにわたるJ2暮らしで、俺はすっかり変わってしまった。
変わらないのは、スタジアムに行くときは必ず、このタオルマフラーを持っていくことだけ。
20年にわたって、俺の汗と涙と鼻水を拭ってくれたこの相棒は、繰り返すが俺のちっぽけなプライドの象徴だ。
2023年11月26日、PM5時過ぎ。
千葉との死闘を制し、歓喜に沸くスタジアム。今のチームの戦いぶりが、ちょっと俺のタオマフに重なって見えた。
問われるのは、華やかさよりも、闘えるかどうか。相手にどれだけ食らいつけるかどうか。不恰好だろうと勝ちを掴めるかどうか。
ピッチ上で見せる強度の高いサッカーは、そこにいる選手のみならず、ベンチ外のメンバーも含めた日々のトレーニングの厳しさあってこそだということを、我々に想像させる。そんな2023年城福ヴェルディ。
でも、そんな泥臭い戦いぶりの中で、森田や齋藤が魅せるテクニック、中原の悪魔的な左足のパワー、そして谷口の大胆な持ち上がり。かつての名門としてのプライドも、端々に覗かせてくる。
そう、俺がかつて虜になったヴェルディの華やかさには欠けるかもしれないけど、ちょっと不格好ななりになったかもしれないけど、でも確かにプライドは捨てずにいて、めちゃくちゃ尊いじゃんって。重なって見えたんです、俺の色褪せたタオマフに。
たぶん、土曜日もボロボロになっているだろうな。
試合終了の笛が鳴るその瞬間、ピッチ上の選手たちも、俺たちサポーターも。
だって、このチームは、今までもそうやって泥臭く勝ちを積み上げて、ここまで来たのだから。
知ってるよ。勝負事に絶対はねえよ。
相手の清水エスパルスだって必死だよ。めちゃくちゃ強い相手だよ。
怖いよ。また裏切られるのが怖いよ。また更に時を重ねないといけなくなるかもしれないのが、ほんとにほんとに怖いよ。
それでも、俺たちの守護神マテウスが「楽しむことが大事」なんて言うからさ、
俺も20年前を思い出して、純粋さとかひたむきさとかそういったものを心の奥底から引っ張り出してさ、全力で応援しようと思うよ。
こんな自分語りの文章もさ、ほんとはJ1昇格をバッチリ決めて、勝利の美酒とともにアップするほうが美しいのは分かってるんだけど、
でも俺らのヴェルディライフは、そんなに綺麗なものじゃないと知っているし、
そして、そんな俺の、俺たちの生き様を、一人でも多くの人間に見届けてもらうために、俺の駄文が少しでもどこかの誰かに響けばいいと思ったから、
こうして今せっせと書いています。
12月2日。今週土曜日です。
14時キックオフ。場所は新国立競技場。
チケットは今日のお昼12時、一般発売開始です。
東京ヴェルディは、引き分け以上で念願のJ1に返り咲くことができます。
俺みたいな人間たちが渇望し続けたその舞台が、今、目の前にあります。
みんな、観に来ませんか。
ボロボロになってもなお、それを愛していることを誇りに思い、一緒に絶望を味わい、一緒に笑い、涙を流してきた人間たちの、一世一代の晴れ舞台だよ。
決して綺麗でも華やかでもないかもしれないけど、そしてそこに理屈も理由もないかもしれないけど、きっと、心を揺さぶる説得力だけはあると思うんだ。
物味遊山でも全然いいけど、もし響くものがあったら、手拍子だったり声を出したりして、ホーム東京ヴェルディの背中を少しでも押してくれたら、とても嬉しいなって思います。
とにかく。
来る決戦の日。このタオマフが拭き取るのは、特大の嬉し涙であることを信じつつ。
ではまた。国立で会いましょう。
あれでもいざ写真に撮ってみたらそんなにズタボロでもないなこのタオマフ
どうしたもんかな俺のこのクサ文章