緑がちる

緑はいつか散ります。でもまた実るものです。東京ヴェルディ&FM日記

今回の監督交代について頭に浮かんだことを、書き殴った

旅路は終わってしまった。

 

 

彼の功績には、感謝してもしきれない。

 

あの日、歓喜に浸る間もなく、血走った目で「決してエレベータークラブになってはいけない」「優勝を目指してやらなきゃいけない」と彼が叫んだ言葉に対して、心のどこかで(それは無理だろ)と薄ら笑いをしていた自分を、殴りたい。理性的であろうとすること、現実主義であろうとすることを、冷笑の口実にしていた自分を、殴りたい。

あの日から3年近くが経ち、東京ヴェルディはまだJ1にいる。

 

・・・

 

彼について語りたいことはいくらでもあるが、今回はこの解任劇にフォーカスして、思ったことを記しておきたい。

 

契約解除のリリースを目にして、改めて頭の中に浮かんできたのが、松橋優安の名前だった。

 

城福ヴェルディのあまり語られない特徴として、基準に満たない選手へのシビアさがあったと、個人的には思っている。

彼が就任した2022年夏、当時18歳だった阿野真拓は、いくら藤吉さんが指揮を執るチームとはいえ、3カテゴリー下の地域リーグへと移籍した。2023年、獲得にそれなりのお金をかけたであろうマリオエンゲルスは、半年で契約解除となった。功労者であった小池純輝と梶川諒太は、ともにヴェルディの選手としてJ1のピッチに立つことは叶わず、その半年後には平智広もクラブを離れることになった。J1基準に満たないと判断された選手たちは、彼らとタイミングを同じくして、チームを去った。情熱の裏に、確かに冷徹さが存在した。

 

そんなチームにおいて、松橋優安はのし上がった。ライン間でボールを受けるのを得意としていた1.5列目のアタッカーが、サイドをひたすら上下動し、激しい競り合いも厭わず、時にサイドバックまでこなす汗かき役へと変貌を遂げた。並々ならぬ努力だったであろう。

その現象自体は、理想的なチームのあり方を示していた。序列最下位だった選手がここまでやれるんだ。これが「誰にもポジションを約束しない」という根拠だ。実績の有無など関係ない。その言葉には、強い説得力があった。

 

だがそれは、誰もが松橋優安になれることを意味しているわけではない。

 

以前、別記事でも書いたのだけれど、

城福氏は、決して選手のやりくりが巧みなタイプではなかったと思う。

 

出場機会に飢えた若い選手を焚きつけるのは上手だったけれど、かといって、彼らのウィークポイントに目を瞑って大抜擢するようなケースは少なかった(そんな余裕はなかったという方が正しいかもしれない)。選手の弱点を隠すような采配だったり、妙手といえるコンバートだったりといった引き出しも、そこまで多くはなかったと思う。

既にJ2レベルでは違いを示していた選手、もしくは年代別代表に選ばれるような才能の持ち主たちを、彼らのハングリー精神に訴えかけながら、常軌を逸したハードワークをさせることで、勝ち点をもぎ取ってきた。そんなチームだった。

 

それが、松橋優安という特異な成功例がもたらした弊害なのだろうか、これまで実績を残せていない選手でも、伸び悩んでいる選手でも、城福さんならなんとかしてくれる、チームに組み込んでくれる、とでも言わんばかりの、歪な編成が続くようになっていった。積極的な新陳代謝を図ってきたチームが、選手の成長のために一定の猶予を与えるチームへと、徐々に変わっていった(これに関しては、秋春制への移行という特殊な時期ゆえに、そうせざるを得なかった面もあると思うけど)。

本来はもっとシビアな監督であり、それゆえに規律が保たれていた側面はあったと思うのに。

その歪みが、この夏の怪我人続出でいよいよ顕在化した。百年構想リーグで結果を示せなかった選手たちに賭ける以外、手がなくなってしまった。それは彼の責任なのだろうか。

 

率直に言うが、ここ2シーズンのフロントの動きに、僕はかなりの不満を抱いている。

 

・・・

 

もうひとつ、語りたいことは、クラブのハード面の話だ。

城福氏が求める高い基準は、決してピッチ上だけにとどまらなかった。彼は事あるごとに練習環境の拡充を強く訴え続けた。

 

「僕らにとってグラウンドというのは今日明日の話。5年先、10年先のクラブの規模の話ではないので、あれだけ我々は練習が全てで、練習で日本一になって対等に戦いたいということをずっと言ってきたなかで、この状況は厳しい…。つい先日に練習試合をやってきた相手のグラウンドと比べて選手がどう思うのかと、それをクラブの幹部がどう考えているのかと。おそらくその差さえも知らないのではないかという意味では、僕は中長期の戦略のことは何も否定しないですし、それはクラブの幹部がやってくれればいい話であって、我々が戦っているのは今日明日。それは僕の立場として声を大にして言いたい」

東京Vの城福監督が練習環境改善へ切実な訴え…「我々が戦っているのは今日明日。自分の立場として声を大にして言いたい」 | サッカー

 

彼の言葉は、表面的にはフロントに向けられていたものの、実際にはその奥にいる関係者たちを見据えていたのだと思う。これまでの経験に裏打ちされた彼の発言には、強い説得力があった。その情熱は事態を動かし、ヴェルディトップチームの練習場が聖地プリメーラに戻ることも決まった。これは城福氏にしかできない芸当だったと思う。

ただし、クラブが進むべきビジョンを描き、その達成に向けて邁進するのは、監督が担う仕事の範疇ではない。とはいえ、彼の熱意なくして、物事はなかなか前に進まなかったのも、また事実だったと思う。

実質的に、城福氏はクラブの中長期的なプロジェクトのキーマンになってしまっていたのではないか。だからこそ、本来であれば進退を問うべきタイミングであった2025年オフにも、決断が鈍ってしまったのではないか。フロント自身が最も彼の熱意を必要としていただろうから。

まあ、これは憶測でしかないが、本来の範囲を超えるタスクを彼に背負わせていたのではないかと、そんなことも思う。

 

・・・

 

とはいえ、最終的に、シーズン中の解任に至った。

その前に敢行した大型補強といい、いよいよフロントが腹を括ったということだと思う。その決断自体は好意的に受け止めている。仮にJ1に残れなかったとして、それを「城福監督でもダメだった」と結論づけるほうが、はるかに楽だったはずだ。彼らは、その道を選ばなかった。それならもう少し早く決断してくれればとは思うが、それでも遅すぎることはない。

 

・・・

 

そして、新たな旅路が始まる。

本日、新監督として、相馬直樹氏の就任が発表された。

 

 

個人的には、現在のハードワークを基調とするサッカーを継承しつつ、チームに失われつつあった躍動感を取り戻すための、納得感のある人事だと思っている。

 

まずは、これまで積み重ねてきた全員のハードワークに基づく「前線からのプレスの連動」による守備を再整理し、「失点ゼロ」に徹底的にこだわること。そして、高い位置で奪ってからのショートカウンターによる得点力を取り戻すことです。

新監督就任にあたりファン・サポーター、関係者の皆様へ | 東京ヴェルディ / Tokyo Verdy

 

彼のスタイルについては、以下の記事に詳しい。ぜひ読んでみていただきたい。

 

それに、J2時代を知るサポーターであれば、彼の作り上げるチームのことはよく知っているだろう。

 

町田ゼルビアがまだJFLにいた2010年、彼が率いるチームは天皇杯でヴェルディを破っている。

そして、J2で再び相まみえた2016年には、これまた我がクラブに2戦2勝と圧倒している。特に、その年最初の対戦となったホーム味スタでの試合は、超コンパクトな陣形を敷き、次々と自陣内になだれ込んでくる町田のアグレッシブさに面食らい、セカンドボールをほぼすべて回収され、0-1というスコア以上の完敗を喫した記憶がある。

(逆に、翌2017年は、ロティーナが縦横圧縮のチームに対する鮮やかな解法を披露し、ヴェルディの2戦2勝とやり返している)

 

相馬監督には、城福氏がクラブに植え付けようとした哲学を継承しつつ、あの時のような対戦相手が気圧されるサッカーを、ヴェルディでも披露してほしい。ついでに、教え子である上田綺世や町田浩樹あたりを連れてきてくれると、もっと嬉しい。

 

ただ、クラブの哲学を定義し、それを植え付けるのは、本来フロントの仕事だ。

 

 

どんなに優秀な監督でも、賞味期限は存在する。城福氏の手腕をもってしても、選手たちに意識を徹底させるのは4年間が限界だったのだ。それでも、クラブが歩みを止めるわけにはいかない。迷子になるわけにはいかない。クラブのトップであるフロントが、確固たる指針を定義し、それを示す必要がある。

本当に難しい仕事だろうとは、よくわかっている。親会社のこれまでのサポートも、栗田副社長がヴェルディに入った決断の重さも、江尻強化部長が成し遂げてきたことの偉大さも、よくわかっている。クラブのマンパワーだって絶対に足りてない。それでも、さらに無理をお願いしなくてはいけない。もうJ2に落ちてうなだれる選手たちを見たくないんです。この3年間を泡沫の夢で終わらせたくないんです。迷走するクラブに戻ってほしくないんです。なにより、その迷走の果てにあった「消滅危機」。あれだけは、二度と起こしてはいけないんです。J1に昇格し、たくさんの人で溢れかえるようになったスタジアムを見てもなお、僕はその恐怖感と常に隣り合わせでした。

 

それにしても。

城福ヴェルディを追いかけられたこの4年間は、本当に楽しかった。黄金期のように強いチームだったからではない。戦術的な魅力を有していたロティーナ時代とも違う。時には負け試合すらも、魅力的だった。そして、稀に見る勝負強さを持つチームだった。楽しかった。楽しかったなあ。こういう唐突な別れにはとっくに慣れたつもりでいたけれど、いざ直面してみると、やっぱり感情的な言葉しか出てこねえんだよな。

 

この文章に綺麗なタイトルもつけられない。それは、この終焉を心のどこかで受け入れられていないからであり、そして、感傷に浸っている場合ではないからというのもある。

チームの闘いは、ここからが本番だ。俺たちは彼らを支えなくてはならない。覚悟を決めたフロントを、茨の道を承知で任を受けてくれた相馬監督を、そして、自信を失いかけているように見える選手たちを、支えなくてはならない。

支えなくてはならないのだ。ともに戦わなくてはならないのだ。俺たちは、決してエレベータークラブになってはいけないのだから。

 

リーグ戦は既に8試合を消化。得た勝ち点はわずかに4つ。得点数も4つだけ。あまりにも厳しい現実がそこにはある。それでも、僕は(今年は無理だろ)と斜に構えるつもりはない。

 

その無意味さは、3年前にとっくに学んだはずだ。

 

 

 

 

 

やっぱり藤本寛也は特別なんだよ

 

「夢を夢のまま終わらせなくてもいいのだ」

 

2023年冬、あの劇的な昇格以来、そう思えた瞬間はたくさんありました。

 

ただ、あれから3年弱が経った今、改めてクラブの現状に目を向けると、いつまでもふわふわとした気持ちでいられるわけではないことを思い知らされます。リーグ最下位クラスのバジェット。ゆえにままならない補強。相次ぐ怪我人。開幕8戦勝ちなし。依然死に物狂いでJ1にかじりつくしかないのが、東京ヴェルディの現実です。もちろんそれは覚悟していたことだけれど、とはいえ「これ以上の夢を見ることは許されないのか」と、ため息をつきたくなることもあります。

 

そんな重たい空気の中、かつてヴェルディから世界へと羽ばたいた男が、古巣の苦境を救うべく、Jリーグへの帰還を決断する。そんなサポが思い描く妄想話のような移籍が、ここに実現したのです。俺たちはまだ、夢を見られる。

 

 

さて。

驚きの報道(バーミンガム藤本寛也 東京V復帰が決定的に 下部組織育ちの27歳レフティー J1残留への切り札に(スポーツ報知) - Yahoo!ニュース)があった9月15日深夜、僕は出張でインドに赴いており、諸々の業務上トラブルに対処するため、徹夜でお仕事をしておりました。マジでキツかった。死ぬかと思った。とはいえ、このニュースを見たおかげで、僕の心は天竺の空を高く飛ぶほどハイになり、目バッキバキのまま仕事をこなすことができたので、ありがたかったのも確かです。なんなら、業務を完了させて宿に戻った後も、興奮でなかなか寝つけなかった。もし毎日藤本寛也がヴェルディに加入するなら、僕も堀大輔になれるのかもしれない。もうこの話題古いですか、そうですか。

 

それにしても、6年ぶりの帰還なんですね。あっという間に感じる。でも、その年の紅白で瑛人がドルガバの歌を熱唱していたと思うと、やっぱりちょっと昔に感じる。ツイッターのタイムラインを眺めていても、狂喜乱舞する昔からのサポに交じり、「彼のことはよく知らないけど、嬉しい!」といったつぶやきを結構見ました。そりゃそうだよね。

 

それでは、ごく簡単に彼の足跡を書いてみたいと思います。

ご存じヴェルディ下部組織育ちのレフティ。とはいえ、実家は山梨県にあり、小学生のときは高速バスと電車を乗り継いで、ランドまで通っていたとか。片道1.5時間だって、すごいね。ちなみに僕は家から片道10分の場所にあるサッカースクールをしょっちゅうさぼっていました。

各年代別代表の常連であり、ヴェルディユースのみならず、U17代表でも10番を背負った超逸材の司令塔として、プロ入り前からその評判は知れ渡っていました。

余談ではありますが、サイレントヒルをきっかけに、今や世界的な有名女優になった加藤小夏さんとは、中学時代の同級生だったそうで、以前はSNS上でもたびたび仲良くやり取りする姿が見られたものです(今なお学生時代のルサンチマンに囚われて生きるワタクシのような人間にとって、それは致死量の眩しさでしたねえええええうえ!!!!!!!)。

 

 

 

とにかく、同期の谷口栄斗すらトップ昇格できなかったロティーナ政権下の2018年、彼は高卒ルーキーにして驚きの開幕スタメンを掴みました。その試合の開始9分、彼はさっそく自己紹介代わりの鮮やかなロングスルーパスを披露。それはエスナイデルジェフの狂っているとしかいえないハイラインを切り裂き、ドウグラスヴィエイラのもとへ。結果、あえなく増嶋選手が退場になり、試合もヴェルディが制したのでした。


結果的に、この年は25試合に出場し3ゴール3アシスト。二度目のJ2降格以来、もっともJ1復帰に肉薄したシーズンにおいて、弱冠19歳のルーキーが残した数字だという情報を添えると、その「特別さ」がさらに伝わるでしょうか。そういえば、みんな言ってたけど、フクアリでの活躍ぶりは白眉でしたよね。

 

ただ、シーズン終盤は怪我で離脱。あの昇格プレーオフだって、彼はベンチの外から見守ることしかできませんでした。彼と泉澤が怪我しなかった世界線だったらあるいは……と、歯噛みしたサポーターも多かったでしょう。

 

翌2019年。夢破れた我々が希望を託した一人が、新たに背番号4を背負った彼でした。シーズン序盤はややホワイトサッカーへの適応に苦しんだ印象でしたが、監督の解任と前後して、サイドハーフからセンターハーフへポジションを移し、その創造性をさらに発揮しかけていた最中、悲劇が彼を襲います。8月11日、鹿児島ユナイテッドFC戦で無念の大怪我。右膝前十字靭帯損傷と半月板損傷で、全治8ヶ月の診断が下されます。この離脱も影響し、世代別代表とも縁遠くなってしまいます。

 

ただ、そんな状況でも、この光り輝く才能を海外スカウトは放っておきませんでした。長期離脱から復帰した翌2020年8月5日、ポルトガルリーグ1部のジル・ヴィセンテへの期限付き移籍が決定。

その時の経緯については、こちらの記事に詳しいです。

 

重い怪我を乗り越え、いよいよ本領発揮かというタイミングでの移籍決定。もちろん、彼がヴェルディでプレーする姿をもっと見たかったですし、「2年連続でキャプテンが夏に移籍かあ……」という気持ちもありました。

ただ、彼が畠中や渡辺と決定的に違ったのは、前述の記事にある通り、ヴェルディから直接世界へ羽ばたくことを選んでくれた点です。おそらくですが、彼にはJ1からのオファーだってあったと思います。本人にとっても、自分のコンディションを考えたら、その方がリスクも低かったと思うんですよね。別クラブを経由して海外に行っても全然間に合う年齢だったし。ただ、彼はそうしなかった。彼を快く送り出し、「海外で立派な選手になってくれよ」という夢を託すには、それだけで十分だったんですよ。単純な在籍時の活躍ぶりだけでなく、彼はそういう意味でも特別なんです。

(そして、この移籍スキームにタダ乗りした格好になった挙句、わずか半年で別クラブに帰ってきた某彼のことを、僕は今でもかなり苦々しく思う)

 

8月8日、奇しくもそのシーズンに彼が背負った背番号8と同じ数字の日に行われた琉球戦。その試合を最後に、彼は自分の”家”を離れることになります。この試合は今でも覚えてるなあ。コロナ禍で彼をチャントで送り出せなかったのが、苦しかった。あと、アディショナルタイムがめちゃくちゃ長かった。

(どうでもいいけど、この試合、アイドル同士のカップルがお忍びデートで来てたとかで、後日ちょっと話題になってた気がする。なんで芸能人カップルがこんなニッチな試合来んねん。渋すぎやろ)

※訂正 失礼しました。改めて調べ直したところ、芸能人カップルがお忍びで来てたのはどうやら2022年7月の琉球戦のようです。謹んでお詫び申し上げます

 

さて、ポルトガルに活躍の舞台を移した20-21シーズン。ジル・ヴィセンテでは1年目から試合に絡み、シーズン中盤には右ウイングのポジションを確保。リーグ戦27試合に出場し、強豪スポルティングCP相手にリーグ戦初ゴールを記録するなど、上々のシーズンを送ります。シーズン後にはヴェルディからの期限付き移籍が1年間延長されます。

2年目からは10番を背負い、前年を上回る32試合に出場。完全にチームの中心選手としての地位を確立しました。ジル・ヴィセンテもそのシーズンオフに推定60万€の移籍金を東京ヴェルディに支払い、完全移籍が成立します。

 

”今回の移籍でヴェルディを離れることになりますが、ジュニアに入った時から見ていた『ヴェルディから世界へ』という言葉を自分が体現できてることはとても嬉しいです。次は自分が、子供達の目標となれるように頑張っていきたいです。

最後になりますがヴェルディに入ることができ、そしてヴェルディで過ごすことができ、とても幸せでした。”

藤本寛也選手完全移籍のお知らせ | 東京ヴェルディ / Tokyo Verdy

 

ポルトガルでは、合計5シーズンプレー。3年目はリーグ戦34試合0ゴール3アシスト、4年目はリーグ戦33試合3ゴール7アシスト、最終年はリーグ戦30試合5ゴール6アシスト。最後の2年は連続で二桁のゴール関与数をマークします。ジル・ヴィセンテ在籍中の実績は、公式戦181試合15ゴール24アシスト。主に4-3-3のインサイドハーフ・4-2-3-1のトップ下として、攻撃のタクトをふるっていました。いえ、ふるっていたのでしょう。あの、すみません、あたかもジル・ヴィセンテの試合をたくさん見てきたかのように書いてますけど、筆者はTranfermarkt及びzerozeroの情報と、冒頭に謎CMが挟まる公式のリプレイ映像をひたすら見ていただけなので、なにも断定して書くことができないのです。※スタッツはTranfermarktのデータに基づく

 

↑冒頭に謎CMが挟まる公式のリプレイ映像

 

とはいえ、他の欧州クラブからの評価も得られる活躍ぶりだったとは、言い切ってもいいでしょう。「ヴェルディの名前を背負って世界で活躍してほしい」というサポーターからの期待に、彼はしっかりと応えてくれたのです。

 

2025年7月、ジル・ヴィセンテとの契約を終えた彼は、次なるステップアップ先としてイングランド2部のバーミンガムへ移籍。元A代表の古橋亨梧や岩田智輝ともチームメートとなります。

ただ、彼は英国で不遇の日々を過ごします。1年目の試合出場は、わずかに5試合(プレータイムは計45分のみ)。2年目の今季も、プレシーズンこそ「好調」との報道が出ていましたが、軽傷を負ったことにより再度戦線離脱。チーム内での低い序列を覆せないまま、今回の電撃復帰に至ったという状況です。

 

それでも、彼はまだ27歳。選手として脂の乗った年齢である彼が、期限付き移籍という形とはいえ、ヴェルディへの帰還を決断してくれたことには、今なお驚きがあります(それにしても、バーミンガム内でも高給取りと揶揄されていた彼を、なぜウチが獲得できたのかは、マジで謎だよな……?おそらくですけど、結構減俸も呑んでくれたんじゃないかと推測してます)。

 

それでは、今のヴェルディではどのような起用になるでしょうか。
まず、3-4-2-1を継続するのであれば、シャドーでの起用がベストであることは間違いないでしょう。染野や一美らに対するパスの出し手としてももちろん、レシーバーとしても質の高いプレーが期待できると思います。ヴェルディにいた時からスペースに侵入する動きには定評がありましたが、その嗅覚はポルトガルでより磨きがかかった印象です。
森田を欠く中盤の底でも起用の可能性はあるかもしれませんが、守備面での強度を考えると、あまり現実的ではないと思っています。
当然、彼を中心に据えた別のフォーメーションを選択する可能性だってあります。それだけ彼は特別なのです。

 

不安要素もあります。

彼の強みは視野の広さや状況判断力であり、決してフィジカル面で優れたタイプではないため、球際の強度を求める城福サッカーへの適性はどうだろう?という点。

また、貴重なレフティではあるものの、少なくとも僕が知る限りプレースキックを大得意とするタイプではなく、山田楓喜や吉田泰授を知ってしまった我々からすると、どうしても物足りなさは覚えるかもしれないという点(というか彼らが異常だと思う)。

そして、どうしても思い出してしまうのが、過去の「出戻り組」の面々です。柴崎晃誠、高木善朗、河野広貴に安在和樹、そして杉本竜士……

これまでもサポーターを沸かせ泣かせた“帰還”はたくさんありましたが、結果的に失敗に終わってしまったか、少なくとも加入後しばらくは本領を発揮できなかったケースばかりです。お涙頂戴のストーリーがそう甘くはないことも、我々は知っています。

 

それでもね、海外に直接羽ばたいていった彼が、日本で再起を期す場として、ここに戻ってきてくれたというのは、経営危機以降のクラブにとってエポックメイキングな出来事なんです。ヴェルディの新たなサイクルを感じさせる。もちろん不安な面もあるけど、やっぱり期待感が勝ります。

それに、寛也って、海外移籍の経緯だったり、完全移籍時の長文コメントだったり、帰国するたびにランドやスタジアムに顔を出してくれたことだったり、決して饒舌なタイプではないけれど、その行動で「ヴェルディ愛」を示し続けてくれた選手でした。

アカデミー出身者としてJ1での戦いを牽引してくれた谷口や深澤や綱島らが去ってしまった今、(クラブに携わる全ての選手・スタッフが大切な存在であることは大前提としつつ)ユース出身選手の特別なクラブ愛を信じてもいいんだ、と改めてサポに思わせてくれたことも、この移籍のとても大きな意義だと思っています。今回の移籍は、本当に特別なんですよね。

 

「森田晃樹とタイトルを獲りたい」というのは、全ヴェルディサポ共通の悲願だと思いますが、そこに「藤本寛也とタイトルを獲りたい」って新たな理由が加わりました。

 

改めて、寛也、帰ってきてくれてありがとう。たかが序盤戦でつまずいたくらいで、うなだれている場合ではないんだと、気づかせてくれてありがとう。寛也の言う通り、ここからが勝負だよ。お前と一緒に闘えるJ1、マジで楽しみでたまらねえよ。

 

 

あとがき。

毎度同じ言い訳をしていますが、育休が明けて半年、とにかく仕事と育児で多忙を極めており、久々のブログ更新になってしまいました。比較的軽い気持ちで更新していたnoteすら、もう3ヶ月も書けてないもんなあ。
ちなみに、我が娘ですが、おかげさまでもうすぐ1歳半になります。とにかく好奇心旺盛で、日々新しい歌を覚え、新しいダンスを踊り、家中をひたすら歩きまわっています。徒歩部の血だ。喋りかけたらそのぶんだけ、たくさんの反応を返してくれるようになるのは、純粋に楽しい。自分自身と対話しているくらいなら、家族と対話する時間に割きたいよなという欲求は、率直に言って日に日に増しています。
とはいえ、ブロガーとしての肩書を捨てたくはないと思っています。そして、ヴェルディに対する情熱を込めた記事は、これからもnoteではなくこちらのブログに刻んでいきたいとも思っています(なんと、僕はnoteをかなり愛用しているくせに、うっすらnoteアンチでもあるのです)。

そう、それともうひとつ、今年もアドベントカレンダーはやりたいなあと思っています。今年はシーズン中の開催だし、目下チームも絶不調だしで、枠が埋まるのか心配ではあるのですが……。少しでも興味あったら、ぜひ参加をご検討くださいね。またアナウンスをします。

いつも駄文にお付き合いいただきありがとうございます。それでは最後に、大切な寛也のユニフォーム(2020年1st)の写真を貼って、この文を締めさせていただきたいと思います。

 

 

ユニのヨレヨレ具合にはあんまり触れないでほしい

 

 

東京ダービー、そこにいなかった者として。

 

正直に言うと、一抹の悔しさがあった。

 

4人目のキッカーを託された吉田泰授が、キムスンギュの読みと逆方向にボールを蹴りこみ、鮮やかに揺れたゴールネット。勝利の立役者である長沢祐弥に駆け寄る、緑の戦士たち。「ガスに負けるはずがない」と高らかに歌い、大盛り上がりする東京ヴェルディサポーター。ゴール裏に堂々と掲げられた「TOKYO IS GREEN」の弾幕。

喜ばしいはずのその光景を、僕は自宅で娘を抱っこしながら、ただテレビのモニター越しに眺めることしかできなかった。

 

東京ヴェルディを応援する者として、ダービーは死んでも行かなきゃいけないと思っていた。

もちろん「死んでも」という表現は単なる比喩であり、人はサッカーの試合のために命を落としてはいけないし、0歳児の育児はとても大事なことだし、妻の出産は間違いなく優先すべきである。お前の判断は至極まともなのだと、僕の理性は訴えていた。

 

それでも、18年ぶりのダービー勝利なのだと思えば思うほど、じわじわと「俺もそこにいたかった、いたかったのだ」という気持ちが溢れ出てきてしまう。僕は行き場のない感情をどうにかすべく、ツイッターで僕をブロックしているFC東京サポーター数名のアカウントを辿り、そこに並ぶ負け惜しみの数々を眺めて、なんとか溜飲を下げていた。陰湿野郎ここに極まれり、である。

 

3年前、僕はこんな文章を書いた。

 

少なくとも今回分かったことは、こういった特別なシチュエーションの意義や熱量ってのを、真に理解できるのはその場にいた人間だけだと。だからあれこれネガティブな理由付けをして、当事者になるのを避けるなんて行為は、とにかくもったいないんだと。

 

「ダービーにはそこまで興味がない」「あまり彼らと関わりたくない」

そういった意見は、2023年の天皇杯の時にも確かに存在した。その気持ちも理解できる。それでもなお、ダービーを現地で見届けることでしか得られない感情の昂りがあると知ったから、僕はこの一文を書いた。

あの試合での敗北は本当に惨めだったし、J1に昇格してからも、僕たちは屈辱的な思いをし続けてきたわけだけど、この考えは揺るがなかった。スタジアムになかなか足を運べない身となって、さらにそうした気持ちが強くなっている自分自身に気づく。

 

過去には、この対戦カードが有する因縁をしっかりと理解したくて、両者の歴史をいろいろと深掘りして、ブログに書いたこともある。その行為自体には一定の意義があったと思ってはいるが、今の僕は改めてそれをする気にはなれない。なぜなら、僕はその歴史の大部分において当事者ではないし、当事者であることが意味する重さを、この3年間で少しずつ理解してきたからだ。だから、今回の勝利を真の意味で喜ぶ資格も、僕にはない。そう考えている。

 

かといって、今まで当事者でなかったことが罪なのかといえば、それも違うと思う。あえてこの言葉を使うが、古参には古参の、新参には新参の、僕には僕の、あなたにはあなたの、東京ダービーがある。そこには上下や優劣などなく、ただ平等に、澱んだ感情だけが渦巻いている。それだけで十分ではないか。

歴史を軽んじるわけではないが、実際にその現場に立ち、そこで味わった強烈な歓喜や屈辱こそが、今回のダービーのリアルであり、未来の因縁を形作るのだと思う。だからこそ、やっぱりダービーは死んでも行かなきゃいけないんだよな。書きながらまた、悔しさが募る。

 

今回18年ぶりに東京ヴェルディが勝利したことを機に、澱みはさらに濃さを増したのではないか。

ダービーというのは、そうした負の感情の積み上げがあるからこそ、特別な魔力を有する試合なわけで、そこにキラキラとした“価値”だの“魅力”だのを無理やり見いだそうとする行為は、やっぱり無粋だと思っている。

そして、そう思うからこそ、あの大脱走のメロディーに、「緑が大好き」というポジティブな一節だけを、実に自然に乗せてみせた新チャントに対して、自画自賛と知りつつも、僕は「粋だなあ」と思うのだ。

ただ、あまりに自己陶酔に浸ってしまうと、次の対戦で奴らから強烈なしっぺ返しを喰らう気がするから、ほどほどにしておくけど。

 

とにかく、僕が抱っこするこの娘が大きく成長するまで、そしてそれから先もずっと、東京ダービーの歴史は途切れることなく続いてほしい。それは、東京ヴェルディがトップディビジョンに留まり続けてほしいと願うのと同時に、彼らの一定の成功を祈ることと同義でもあるのだが、別にそれでいいと個人的には思っている。

そして、僕も育児が一段落して、気兼ねなくスタジアムに行けるようになったら、“当事者”として味スタでダービーの凱歌を叫び、祝勝会で盛大に酒をあおり、そして帰りの電車の中で、ツイッターで僕をブロックしているFC東京サポーター数名の愚痴を、じっくりと眺めたりしたいのだ。

 

 

当ブログにたびたび引用させていただいている、ゴール裏の熱量を余すことなく、かつクールに切り取った、kahoさんの大変素敵なお写真。ダービーに臨んだヴェルディサポーターの景色をどうしてもこの記事に載せておきたくて、今回も引用させてもらいました。いつもありがとうございます!

 

 

 

しかしまあ、3年前にウチの広報が発した“We love GREEN. What else?”という一文の影響力たるや、凄まじいものだと改めて思いますね。今やヴェルディサポのなんたるかを定義する言葉になってしまった。こうした現象もきっと、ダービーが持つ負の魔力の裏返しなんでしょうね